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知の交差点思わず聞き入るCN対談第1回

化学技術を世間にわかりやすく伝えるコミュニケーターが必要

——先ほど「脱炭素」という言葉が誤解を生む原因にもなるというお話がありましたが、情報の伝え方という点については、どのようにお考えですか?

井田 化学メーカーが何をしているのか、なかなか伝わりづらいと思いますし、化学という学問自体も敬遠される向きもあります。しかし、化学メーカーはこれまで多くの有用なものを提供してきていますし、化学技術は気候変動問題に取り組む上で欠かせません。メディアの影響力というのはとても大きいので、化学メーカーが何をどのように作っているのか、そしてこれから何をしようとしているのかをメディアがきちんと把握して、正しい情報を子供にもわかりやすく伝えていってほしいですね。

伊佐早 かつての化学メーカーは、「化学の価値」についての情報をあまり上手に発信できていませんでしたが、最近では、特に社会課題に対して化学がどんなソリューションを提供しているのかを発信する事例が増えてきました。アカデミアも研究室に閉じこもっているのではなく、自分たちの研究が社会にどのように貢献するのか、積極的にアピールするようになりました。しかし、欧米企業に比べるとまだまだプレゼン力が弱く、伝えるべき適切な内容をピックアップするところから見直さなければなりません。

CN対談 第1回(写真)

井田 おっしゃるように、科学者の皆さんにしても、今自分がこういう研究をしていて、それがどんな風に世の中の役に立つのか正しく伝えたいという想いが強くなってきていると思いますが、それをメディアが正しく理解して世に出しているかというと、まだそこまでには至っていません。海外の科学者には、プレゼンがとても上手な人もいるので、ご自身で研究内容をアピールすることができますが、日本ではそういう人は少ないので、科学者と世間の人、子供たちも含めて、間に立って正しい情報をわかりやすく伝えるサイエンスコミュニケーターが必要だと感じています。私自身も、気候変動やCNに関するコミュニケーター的な役割を果たしたいと思い、大学院で研究しています。

伊佐早 確かに、我々がプレゼンした内容の一部だけをメディアが切り取って、こちらが意図したのとは違う形で紹介されてしまうというケースはありますね。また、我々にしても、専門用語を使って化学技術に関する情報を伝えることは得意ですが、それだと専門家にしか理解してもらえず、世間の人たちの興味を引くことができない。コミュニケーターの方々の力を借りて、情報を発信していけたらと思います。

——子供たちにもわかりやすく、というお話が出ましたが、気候変動やCNに関する最近の子供たちの知識・関心についてはどのようにお感じですか?

井田 私は小学校で出前授業などもしていますが、地球温暖化や気候変動、CNについてもすごくよく知っているんですよ。教育、教育と言いますが、地球環境に関する情勢に追いつけていない大人の方がよほど問題ではないかと思っています。年配の方たちは、これまで経済を支えてきてくれたわけですが、経済優先の路線をずっと歩いてきたために、地球環境に関する新しい知識を吸収したり、考え方を大きく変えたりすることができない人がたくさんいます。私は企業研修で講師として気候変動の背景などについてお話させていただいていますが、社会を大きく変えていくには、そういう人たちも動かしていかなければなりません。環境問題を自分事に落とし込んで行動してもらうことが必要なんです。

伊佐早 これから世界の人口もどんどん増えていきますので、プラスマイナス0ではなく、CO2をマイナスにする活用技術やシステムを構築しなければなりませんし、その危機感を自分事として広く共有することが求められます。当社は新潟にCCS(二酸化炭素回収・貯留)に利用できるガス田を持っており、CO2を安全に貯留する技術も開発していますが、「地震が起きてCO2が漏れだしたらどうなります?」という心配の声も聞かれます。もっともな疑問と思いますが、正しい理解を求めていかなければならない。時間がかかっても安全面で問題がないことを丁寧に説明・実証しながら、1歩1歩プロジェクトを進めなければなりません。

井田 技術的にできること・やらなければいけないことと、市民の理解には大きなギャップがあって、災害対策や太陽光パネルの設置もそうですが、危険だけどよそに移住するのはさすがに無理とか、パネルの設置はできれば他の土地でやって欲しいとか、今の暮らしを変えたくない気持ちはよく分かります。それでも気候変動による地球規模の危機が確実に迫っているとしたら、どうにかして市民のリテラシーを高めて、少しずつでも正しい情報に基づいた対策を講じていかなければなりません。
 もちろん、すでにリテラシーの高い方もいらっしゃいますが、私の講演を聞きに来てくれる人たちは気候変動問題に関心のある限られた層で、その顔触れはいつも一緒の方たち中心です。また、気候変動問題について伝えたいというメディアも、限られた一部の人たちなので、なかなか話が広がっていきません。

伊佐早 日本は世界から取り残されてしまうかもしれませんね。今、アメリカもヨーロッパも中国も、CNに関して自国に有利な規制や枠組みをそれぞれに作ろうとしていて、それが世界のスタンダードな枠組みになってしまうと、日本だけでなく不利な立場に追い込まれてしまう国々もあります。その状況を打開するために、日本や東南アジアも含めた別の枠組みを作る検討を進める必要があるかもしれません。でも、それを後押しするためにも、私たち一人ひとりが科学的な見方を大切にしたリテラシーの向上に努めていくことが必要だと思います。